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士農工商

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江戸時代には身分制度があった。士・農・工・商である。
当時の体制にとって都合がいいように職業が階級付けされたのである。

現代においてランク付けをするとしたらこれを丸ごとひっくり返すべきだろう。
つまり商工農・士だ。
士とはもちろんサムライ業のことである。弁護士、司法書士、税理士などが具体例だ。

商・工・農は存在するだけで社会的に価値を生み出すが(商:経済を活性化する、工:技術革新を起こす、農:飢餓をなくす)、士は存在のみでは価値を生み出さない(士:安定・救済・予防しかできない。現状維持的な役割)。

価値を生み出すには、士でなく“師”にならなきゃいけない。
あるいは“商”の要素を取り入れなきゃいけない。
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電車の中の債務整理の勧誘広告をみながらそんなことを考えました。
広告やCM等をバンバン打っている“士”を見る機会が多くなりました。
“商”の要素を取り入れている“士”が多くなることには議論がありますが、個人的には、悪徳商法になりさえしなければ、歓迎すべきことだと思います。
(優れたサービス×提供した数=その職業の価値。)

あわせて、次の言葉が思い浮かびました。
男が自分の技量に自信をもったときの美しさというものは格別なものだが、
自らの位階に自信をもった場合は、鼻持ちならなくなる。
「司馬遼太郎  司馬遼太郎全集」より
士としての実力に誇りを持つ人は恰好いいが、士であることに誇りを持つ人は恰好悪い。

士が威張っているだけで食えた時代、恰好つけられた時代は江戸時代で終わっている。
“士”を目指さずに、周囲に良い影響を与える“師”として生きよう。ライセンスは手段に過ぎないなり。
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